【次世代電力技術の実力 第8回】水素・アンモニアは何に化けるのか|3兆円の価格差支援と碧南20%混焼の実像
ニュースの要点
(水素社会推進法)
2029年度に商用運転目標
(供給開始は2030年度まで)
- 水素・アンモニアは「安く作る」段階から、「高い分を国が埋めて動かす」段階に入った。差額を補助する価格差支援は3兆円規模で用意されている。
- 2026年3月までに価格差支援2件・拠点整備支援2件が認定された。いずれも供給開始は2030年度まで、支援期間は15年間である。
- 発電側では碧南火力4号機(100万kW)で熱量比20%の実証が終わり、貯蔵タンク4基(計16万トン)の建設が進む。ただし20%混焼で減るCO2も約20%にとどまる。
技術の概要 ── なぜ発電の一番手が「アンモニア」なのか
ひとことで言うと:水素は運びにくい。アンモニアは肥料の原料として世界中を船で運ばれてきた実績がある。だから、発電用に先に動いたのはアンモニアだった。
水素そのものは、常圧では零下253度まで冷やさないと液体にならない。輸送も貯蔵も極低温の設備が要り、蒸発(ボイルオフ)も避けられない。これに対してアンモニアは零下33度で液体になり、既存の化学品船とタンクの技術がそのまま使える。
アンモニア(NH3)は分子の中に水素を持っており、体積あたりで見ると液化水素より多くの水素を運べる。しかも燃やしても炭素を出さない。石炭火力のボイラで石炭と混ぜて燃やせるため、既存の発電所を使いながらCO2を減らす手段として国内で先行した。
もうひとつの選択肢が有機ハイドライド(MCH)で、トルエンに水素をくっつけて常温常圧の液体として運び、使う場所で水素に戻す。石油の設備が流用しやすい反面、水素に戻す工程でエネルギーを使う。
数字で比べる
| 項目 | 液化水素 | 液化アンモニア | 有機ハイドライド |
|---|---|---|---|
| 輸送時の状態 | 零下253度の液体 | 零下33度の液体 | 常温常圧の液体 |
| 既存インフラ | ほぼ新設 | 肥料用の船・タンクが流用可 | 石油系設備が流用可 |
| 発電での使い方 | ガスタービンで混焼・専焼 | 石炭ボイラで混焼 | 脱水素して水素に戻す |
| 主な課題 | 極低温・蒸発 | 毒性・NOx対策 | 脱水素のエネルギー |
| コスト目標(2030年) | 30円/N立方メートル | 水素換算で10円台後半 | 水素の目標に準じる |
いずれの目標値も、いまの化石燃料より高い。だから制度の側は「安くなるのを待つ」のではなく、高い分を公費で埋めて先に流通させるという設計を選んだ。それが価格差支援である。
実用化の現在地 ── 認定は4件、規模はまだ小さい
2024年に成立した水素社会推進法にもとづき、低炭素水素等の供給事業には2種類の支援が用意された。ひとつが化石燃料との価格差を埋める価格差支援、もうひとつが受入基地やパイプラインを整える拠点整備支援である。2026年3月までに、それぞれ2件ずつが認定された。
発電 ── 碧南の20%と、その先の60%
発電側の中心は、JERAの碧南火力発電所4号機(出力100万kW)である。2024年4月から6月にかけて53日間、熱量比20%のアンモニア転換運転が実施され、大型の商用石炭火力としては世界初の実証となった。CO2とSOxの排出量は約20%減ったことが確認されている。
2029年度の商用運転開始に向けて、いま進んでいるのは設備工事のほうだ。IHIプラントが設計・調達とアンモニアタンクの建設、大成建設が基礎と防液堤、中部プラントサービスが受入配管と電気・計装を担当し、貯蔵タンクは4基で計16万トンの容量になる。碧南4号機を20%で運転すると、アンモニアの年間消費量はおよそ50万トンと見込まれている。
その先として、混焼率を50%以上に高める高比率燃焼の技術開発が進む。実証では60%燃焼用のバーナが開発対象になっている。ただし混焼率を上げるほど必要なアンモニアの量は増え、調達量と価格の問題がそのまま大きくなる。
産業利用 ── 認定案件の規模感
価格差支援で認定された2件は、いずれも発電ではなく工場の熱利用である。サントリー白州工場の殺菌工程で1,607トン-H2/年、ヒメジ理化の石英ガラス加工工程で1,177トン-H2/年。合わせて年間3,000トン弱になる。
これを国の目標と並べると、現在地がはっきりする。
第7次エネルギー基本計画では、2040年度の電源構成に水素・アンモニアの独立した枠は置かれていない。火力(30〜40%)の中に混焼として織り込まれる形になっている。大きな目標と、いま実際に契約された量の差がまだ3桁あるというのが、2026年時点の正直な現在地である。
電気設備の観点から見た課題
混焼の話は燃料の話に見えるが、発電所の中で増える設備はむしろ電気・機械側にある。
整理すると、この分野で当面確実に発生するのは受入基地と貯蔵設備の建設工事である。燃料そのものが普及するかどうかとは別に、認定済み案件の分だけは工事が動く。
産業構造とお金の流れ
海外での製造から国内の利用までを、支援がどこに入るかとあわせて整理する。挙げる企業名は報道や公開資料で関与が示されている事実の列挙であり、評価や推奨を意味しない。
海外での製造。認定された拠点整備支援2件は、いずれも米国ルイジアナ州からの調達である。天然ガスが安く、CO2を地下に貯留できる地域で作り、船で日本へ運ぶ構図になっている。北海道電力の案件では、米国側の生産規模が約77万トン/年とされる。上流の製造設備そのものは海外の事業者が担うことが多い。
海上輸送と受入基地。アンモニアは肥料原料として既存の輸送網があるが、発電用の量を運ぶには船とタンクの増設が要る。国内側で建設が必要になるのは、貯蔵タンク、防液堤、受入桟橋、払出配管、そして計装・電気設備である。碧南ではIHIプラント、大成建設、中部プラントサービスが工事を分担している。
発電所側の改造。ボイラのバーナ、燃料供給系統、脱硝設備、ガス検知と保安設備が対象になる。既存火力を使えるのが混焼の利点だが、改造範囲は決して小さくない。
利用側の需要家。価格差支援の認定案件が示すように、当面の需要はサントリーの殺菌工程やヒメジ理化の石英ガラス加工といった、高温の熱を必要とする工程である。電化しにくい熱需要が、水素の最初の市場になりつつある。
原資。価格差支援も拠点整備支援も、GX経済移行債を財源としている。この債券は将来の炭素賦課金や排出量取引の収入で償還する設計になっており、最終的な負担者は化石燃料を使う側である。
関連する政策・支援
- 水素社会推進法(2024年成立)── 低炭素水素等の供給・利用を促す枠組み。価格差支援と拠点整備支援の2本柱で、価格差支援は3兆円規模とされる。
- 水素基本戦略(2023年改定)── 導入量は2030年に最大300万トン/年、2050年に2,000万トン/年程度。供給コストはCIF基準で2030年に30円/N立方メートル、2050年に20円/N立方メートル。水電解装置は2030年までに日本関連企業で15GW程度という目標も置かれている。
- グリーンイノベーション基金── 碧南の混焼実証のように、技術実証の段階を支える。
- 第7次エネルギー基本計画── 2040年度の火力は30〜40%で、水素・アンモニアはその内側の混焼として位置づけられる。
技術の成否より先に決まるのは、支援の対象と期間である。この分野を追うときは、企業の実証ニュースと同じ重さで認定案件の一覧を見ておく必要がある。
関連する動きを追うには
- 資源エネルギー庁「水素社会推進法」のページ ── 認定案件の一覧と制度の詳細
- 資源エネルギー庁 水素・アンモニア課の審議会資料 ── 導入量と価格の最新見通し
- NEDOのプロジェクト資料 ── 実証試験の結果と技術課題
本記事は公開情報にもとづく技術・産業動向の解説であり、特定の金融商品の売買や投資判断を勧めるものではありません。記載した企業名は報道・公開資料で関与が示された事実の列挙です。投資に関する判断は、ご自身の責任において行ってください。
出典
- Gridwatch Policy Desk「水素社会推進法、価格差・拠点整備の認定案件が動き出す」(2026年3月)
- IHI「株式会社JERA碧南火力発電所向け燃料アンモニア設備の建設工事を推進」
- NEDO「JERA碧南火力発電所における燃料アンモニア転換実証試験を開始」
- NEDO「碧南火力発電所におけるアンモニア20%/高比率燃焼技術確立」プロジェクト資料
- 資源エネルギー庁「水素基本戦略の概要」(2023年6月)
- 資源エネルギー庁「水素社会推進法」
- 資源エネルギー庁「エネルギー基本計画をもっと読み解く②:技術開発から社会実装へ」
- 資源エネルギー庁「我が国の燃料アンモニア導入・拡大に向けた取組について」(2026年6月16日)
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