前回、手当の開示格差を9社で比較したとき、唯一そろっていたのが奨学金返還支援制度だった。8社が「月1.5万円前後×最長10年=上限180万円」に近い金額を用意していて、会社選びの決め手にはなりにくい、という結論で終えていた。

だが、そもそもこの制度は何なのか。なぜこれほど多くの会社が、同じような金額・同じような期間で足並みをそろえているのか。調べてみると、背景には日本学生支援機構(JASSO)が2021年に始めた国の枠組みがあり、そこには税制上の優遇もある。今回はこの制度の正体と、9社が実際にその枠組みに乗っているのかを、JASSOの公式資料と企業検索だけを根拠に掘り下げる。

結論から言うと、9社中5社はJASSOの公式な企業検索で社名を確認できた。残る3社は自社サイトで金額を開示しているものの、JASSOの検索では確認できず、1社(きんでん)は制度自体の記載が見当たらなかった。「検索で確認できない=制度を使っていない」ではない、という留保つきで、ここから先を読んでほしい。

この記事の結論

奨学金返還支援制度の多くは、JASSOが2021年4月に始めた「代理返還制度」という国の枠組みに基づく。企業がJASSOに直接送金する方式を取れば、社員側の所得税が非課税になり得るとされ、企業側は損金算入できる。

大学学部生(昼間部)の奨学金受給率は令和6年度51.1%で、約半数が奨学金を利用している。令和4年度の55.0%からは減ったが、平成の水準(40〜48%台)と比べると高い状態が続く。

9社中JASSOの企業検索で確認できたのはクラフティア・住友電設・中電工・ユアテック・四電工の5社。関電工・トーエネック・日本電設工業の3社は自社で金額を開示しているがJASSO検索では確認できず、きんでんは制度自体の記載が見当たらなかった。

平均的な借入総額323万円(JASSO調べ)に対し、180万円の支援は55.7%をカバーする計算になる。非課税の代理返還であれば、同額を課税対象の給与として受け取る場合との差額(目安でおよそ63万円)も失われずに済む。

1. 制度の正体:JASSOの「代理返還」という国の枠組み

「奨学金返還支援制度」という言葉だけを聞くと、各社が独自に用意した福利厚生のように見える。だが実際には、多くの場合その裏側に日本学生支援機構(JASSO)が2021年(令和3年)4月に始めた「代理返還制度」がある。企業がJASSOに利用を申し出て審査を受けたうえで、社員に代わって奨学金の返還額をJASSOへ直接送金する仕組みだ。

この仕組みを使うメリットは税制にある。企業側は返還支援にあてた金額を損金算入でき、法人税の課税所得を軽減できる。社員側も、企業がJASSOへ直接送金する場合は、その返還額にかかる所得税が非課税になり得るとされ、原則として社会保険料の算定基礎にも含めない扱いとJASSOは説明している。会社が独自に「奨学金相当額」を給与や手当として上乗せする場合と比べて、社員の手取りに与える影響が変わりうる、という点がこの制度の核心だ。

JASSOの企業検索ページには、制度への掲載に同意した2,281社が名前を連ねる(令和8年7月1日更新時点)。一方でJASSOの制度概要ページによれば、実際に代理返還を利用している企業は4,852社(令和8年3月末時点)とされ、検索に掲載されている数より多い。掲載は任意で、利用していても検索に名前を出さない企業が一定数いる、ということになる。

検索掲載企業数
(同意済み)
2,281
実際の利用企業数
4,852
制度開始
2021年4月

2. なぜ今なのか:大学生の半数が奨学金を借りている

これだけ多くの会社が奨学金返還支援を用意する背景には、奨学金を借りて大学に通う学生がもともと多いという事実がある。JASSOの「学生生活調査」によれば、大学学部(昼間部)で何らかの奨学金を受給している学生の割合は、令和6年度で51.1%。学部生のおよそ半数が、在学中に奨学金を利用している計算になる。

JASSO学生生活調査による奨学金受給率の推移グラフ

受給率は平成18年度の40.9%から右肩上がりに推移し、令和4年度に55.0%でピークをつけたあと、令和6年度は51.1%(▲3.9ポイント)まで下がった。それでも平成期の水準(40〜48%台)と比べれば高い状態が続いており、新卒採用の場面で奨学金を抱えた学生と向き合う機会は、会社にとって珍しくない。受給者の内訳を見ると、JASSOの奨学金のみを利用する学生が83.0%、JASSO以外のみが6.8%、両方を併用する学生が10.2%(いずれも令和6年度)。奨学金といえばほぼJASSOの制度を指す、というのが実態に近い。

なお、奨学金による年間の平均収入額は437,500円(令和6年度、全学生平均)だが、これは奨学金を受給していない学生も含めた全学生の平均であり、受給者1人あたりの平均額ではない点には注意が必要だ。JASSOの公表資料の範囲では、受給者に限定した平均額は確認できなかった。

3. 9社は本当にJASSOの制度を使っているのか

ここからが本題だ。前回の記事で確認した9社の奨学金返還支援について、JASSOの代理返還制度の企業検索(2026年7月26日時点、掲載2,281社)で社名を確認できるかどうかを1社ずつ調べた。

大手9社の奨学金返還支援制度とJASSO代理返還企業検索での確認状況

クラフティア・住友電設・中電工・ユアテック・四電工の5社は、JASSOの検索で社名を確認できた。クラフティアは旧社名「九電工」の併記つきで登録されている。この5社が開示している金額(180万円前後、住友電設のみ108万円で制度設計も異なる)は、国の枠組みに乗った制度である可能性が高いと言える。

一方、関電工・トーエネック・日本電設工業の3社は、自社サイトで金額を開示しているにもかかわらず、JASSOの検索では社名を確認できなかった。これは3社が独自に(JASSOを介さず)奨学金返還相当額を支給している可能性もあれば、JASSOの制度を使いながら検索への掲載に同意していないだけの可能性もある。本稿の調査方法では、そのどちらであるかを断定できない。きんでんについては、自社サイト・JASSO検索のいずれにも奨学金返還支援に関する記載・登録が見当たらず、「非公表・確認できず」とした。

注記:検索で確認できないことは「使っていない証明」にはならない

JASSOの企業検索への掲載は任意であり、制度を利用していても検索結果に載せていない企業がある(実際の利用企業4,852社に対し、検索掲載は2,281社にとどまる)。したがって関電工・トーエネック・日本電設工業がJASSOの制度を使っていないと断定することはできない。

本稿が言えるのは「自社サイトの記載だけでは、JASSOの公的な枠組みに乗っているかどうかを外部から確認できない会社が9社中3社ある」という事実にとどまる。

4. JASSO経由かどうかで何が変わりうるか

一般的な制度の説明としては、企業がJASSOへ直接送金する代理返還の形を取れば、社員側の所得税は非課税になり得るとJASSOは案内している。仮に会社が独自の仕組みで(JASSOを介さず)奨学金相当額を給与や手当として支給した場合、その金額は通常の給与所得として課税される可能性がある。同じ「奨学金返還支援180万円」という表示でも、制度の設計次第で手取りへの影響が変わりうる、ということになる。

ただし、個々の会社が実際にどちらの方式を取っているかは、本稿が確認できる範囲(公式サイトの記載とJASSO検索)では断定できない。税務上の扱いは制度の詳細や運用によって変わりうるため、気になる場合は会社説明会や面接の場で「この制度はJASSOの代理返還を使っていますか」と直接確認するのが確実だ。

5. 具体的にいくら得なのか:平均的な借入額で試算する

ここまでは制度の仕組みの話だった。最後に、実際に奨学金を借りている人にとって、この支援が具体的にどれくらいの意味を持つのかを、JASSOが公表する平均値を使って試算する。

JASSO「奨学金事業に関するデータ集」(令和8年1月版)によれば、令和7年3月に貸与を終了した大学学部生の平均貸与総額は323万円(第一種=無利子のみの場合208万円、第二種=有利子のみの場合336万円、平均返還年数15年)。同資料が示す返還例では、私立大学・自宅通学の第一種で月54,000円×4年=総額259.2万円(返還月額14,400円・15年)、第二種(利率1.641%)で月80,000円×4年=総額453.8万円(元金384万円+利息69.8万円、返還月額18,907円・20年)というモデルケースが示されている。

平均貸与総額
(大学学部・全体平均)
323万円
180万円の支援で
カバーできる割合
55.7%
平均返還年数
15

9社のうち5社が示す代表的な上限額180万円を、この平均貸与総額323万円にあてはめると、単純計算で借入総額の55.7%が会社の支援でまかなわれる計算になる。関電工の240万円なら74.3%、住友電設の108万円なら33.4%に相当する(いずれも323万円という平均値との比較であり、個々人の実際の借入額とは異なる)。

注記:これはあくまで平均額を使った試算

実際の借入総額には大きな個人差がある。第一種のみなら208万円、第二種のみなら336万円、両方を併用すればさらに増える。自分の実際の借入総額は、貸与奨学金の「返還のてびき」や返還誓約書、JASSOの「スカラネット・パーソナル」で確認できる。

非課税だと、同じ金額でも「得」の大きさが変わる

2章で触れたとおり、会社がJASSOへ直接送金する代理返還の場合、その返還額は社員の所得税が非課税になり得る。これがどれくらいの差になるのか、公的な税率・保険料率を単純にあてはめて大まかに試算してみる。

国税庁の所得税速算表では、課税所得195万円超330万円以下の税率は10%。住民税は総務省が示す標準税率10%。社会保険料の本人負担は、厚生年金保険料率18.3%の労使折半で9.15%、協会けんぽの健康保険料率(労使折半)がおよそ4.7〜5.4%、雇用保険料率(本人負担分)0.55%で、合計するとおよそ給与の14〜15%(日本年金機構・協会けんぽ・厚生労働省)。これらを単純に足し合わせると、所得税10%+住民税10%+社会保険料15%で合計およそ35%が目安になる。

仮に180万円を非課税の代理返還ではなく、課税対象の給与や賞与として上乗せされたとすると、手取りは目安としておよそ117万円(180万円×65%)にとどまり得る計算になる。非課税の代理返還であれば、この差額(およそ63万円)が失われずに済む、という理屈になる。

注記:これは一般的な税率を機械的に足し合わせた大づかみの目安であり、個別の税務アドバイスではない

実際の負担率は、本人の年収水準(所得税は累進課税のため、該当する税率区分は人によって異なる)、扶養控除など他の所得控除の有無、月々の給与として払うか賞与として払うかによる源泉徴収方式の違いなどによって変わる。上記はあくまで一つのモデルケースとしての試算であり、正確な金額は勤務先の給与担当者や税理士に確認してほしい。

6. 転職・就活でこの数字をどう使うか

「JASSOの代理返還ですか」は具体的な質問になる

奨学金返還支援を掲げる会社に対しては、「JASSOの代理返還制度を利用していますか」という質問がそのまま使える。この一言で、税制上の扱いも含めて具体的な回答を引き出しやすくなる。漠然と「奨学金の支援はありますか」と聞くより、踏み込んだ会話になるはずだ。

金額の横並びは、この業界に限った話ではない

8社が180万円前後に金額をそろえていたのは、電気設備業界だけの現象ではなく、JASSOの代理返還という共通の枠組みに多くの企業が乗っていることの表れとも読める。奨学金返還支援の金額そのものよりも、その会社が情報開示にどれだけ前向きか(JASSO検索への掲載も含めて)を見るほうが、会社ごとの違いを測る材料になるかもしれない。

受給していない人にも無関係ではない

奨学金を借りていない人にとっても、この数字は無関係ではない。学部生のおよそ半数が奨学金を利用している以上、同期や後輩の一定数がこの制度の対象になる。会社が奨学金返還支援にどれだけ資源を割いているかは、その会社が若手の金銭的な負担にどれだけ関心を持っているかを示す、一つの指標として読める。

7. このデータの限界

以下は本稿が示していないこと

JASSO検索で確認できなかった3社が、代理返還制度を使っていないと断定するものではない。検索掲載は任意であり、利用していても掲載していない企業が一定数存在する。

個々の会社の奨学金返還支援が、実際にJASSO経由か自社独自かを本稿の方法では特定できていない。税務上の扱いも、会社に直接確認するのが確実である。

学生生活調査の数値は大学学部・昼間部が中心で、大学院・短大・専門学校等は含まれていない。電気設備業界は高専・専門卒の採用も多いが、本稿ではその層の奨学金受給率は確認していない。

奨学金の平均受給額437,500円は、非受給者を含む全学生の平均であり、受給者1人あたりの平均額ではない。受給者限定の平均額はJASSOの公表資料の範囲では確認できなかった。

転職メディアが独自に集計・推定した情報は使用していない。各社公式サイト・JASSO公式サイトに記載がない情報は、すべて「非公表・確認できず」として扱った。

5章の試算(借入カバー率・税負担の目安)は、JASSOの平均値と国税庁・総務省・日本年金機構・協会けんぽ・厚生労働省が公表する一般的な税率・保険料率をあてはめた大づかみのモデルケースであり、個別の税務・家計相談ではない。実際の金額は本人の所得水準や控除の状況によって変わるため、正確な数字は勤務先や税理士に確認してほしい。

出典

奨学金返還支援制度(JASSO代理返還制度)について:JASSO 企業のご担当者さまへJASSO 代理返還制度の概要JASSO 代理返還制度 企業検索(いずれも2026年7月26日取得)。

平均貸与総額・返還例について:JASSO 奨学金事業に関するデータ集(令和8年1月版)。税率・保険料率について:国税庁 所得税の税率総務省 個人住民税日本年金機構 厚生年金保険料協会けんぽ 保険料率厚生労働省 雇用保険料率(いずれも2026年7月26日取得)。

学生生活調査について:JASSO 学生生活調査(統計ページ)、受給率の推移は同調査の参考資料「奨学金の受給状況の推移」による。