【次世代電力技術の実力 第10回】フィジカルAIは工場に何を持ち込むか|受注1兆円と、80W規制という現実
AIが物理世界を動かす側に出てきた。2026年1月のCESで基盤モデルと組込みモジュールが出そろい、開発の入口は下がった。だが金額を動かしているのは既存の産業用ロボットで、2025年の受注は1兆456億円。国内出荷は10.8%減である。導入現場で効くのは柵・電源・通信・安全だ。
ニュースの要点
(前年比 25.7%増)
産業用ロボット年間導入台数
いまも生きている基準
- フィジカルAIとは、画面の中で完結していたAIが、センサで周囲を見てモーターを動かす側に出てきたことを指す言葉である。2026年1月のCESでNVIDIAが基盤モデル群と新しい組込み向けモジュールを発表し、開発の入口は一段下がった。
- ただし足元の数字を牽引しているのはヒューマノイドではなく既存の産業用ロボットである。2025年の受注額は1兆456億円で前年比25.7%増。一方で国内出荷は10.8%減で、伸びているのは輸出のほうだ。
- 現場に入れる段になると、効いてくるのはAIの賢さより柵・電源・通信・安全である。1983年の告示に由来する80Wという線引きが、いまも設計の起点になっている。
技術の概要 ── 「フィジカルAI」とは何を指すのか
ひとことで言うと:文章や画像を出していたAIが、物を持ち上げたり運んだりする側に回ること。間違えたときの影響が「変な文章」から「人や設備の損傷」に変わる。
生成AIは、入力も出力もデータだった。フィジカルAIはそこにセンサとアクチュエータが加わる。カメラや力覚センサで周囲の状態を取り込み、モデルが次にどう動くかを決め、モーターやハンドが実際に動く。
技術的に何が変わったのかというと、大きくは二つある。ひとつは学習データの作り方で、現実で何万回も試す代わりに、物理シミュレーションの中で大量に動かして学習させる手法が実用域に入ってきた。もうひとつは手元で動く計算能力である。クラウドに問い合わせていては間に合わない制御を、ロボット本体に載る小さな基板で処理できるようになった。
NVIDIAが2026年1月のCESで発表した組込み向けモジュールJetson T4000は、1,200 FP4 TFLOPSの演算性能を70W以内の消費電力で出すとされ、1,000個購入時の単価は1,999ドルと案内されている。前世代比で4倍という性能向上が、ロボット側の頭脳のコストを押し下げた形になる。同時にヒューマノイド向けの視覚言語行動モデルや、シミュレーション用の世界モデルも公開された。
言い換えると、フィジカルAIの難しさは知能そのものより「間違えたときに人が怪我をしない構成にできるか」に移る。ここから先は、AIの話というより電気設備と安全設計の話になる。
実用化の現在地 ── 伸びているのは輸出、国内は減っている
話題はヒューマノイドに集まるが、産業として金額が動いているのは既存の産業用ロボットである。日本ロボット工業会の2025年の統計を見ると、構図がはっきりする。
受注額は1兆456億円で前年比25.7%増、受注台数は21万8,987台で20.0%増。生産額9,453億円、出荷額9,938億円といずれも2割前後の伸びである。ところが内訳を見ると、輸出が7,897億円で32.4%増なのに対し、国内出荷は2,041億円で10.8%減。台数でも国内は18.3%減っている。
工業会は2026年について受注額1兆2,200億円(16.7%増)、生産額1兆500億円(11.1%増)を見込んでいる。つまり産業としては拡大局面にあるが、その果実の8割近くは海外市場から来ている。国内でロボットが急速に増えているという実感が薄いのは、統計上もそのとおりである。
世界の動き ── 導入54.2万台、稼働466.4万台
国際ロボット連盟のWorld Robotics 2025によれば、2024年に世界で新たに導入された産業用ロボットは54万2,000台。4年連続で50万台を超え、10年で2倍以上になった。稼働台数は466万4,000台で前年比9%増である。2028年には年間70万台を超えるとの見通しが示されている。
ヒューマノイドはどこにいるか
ヒューマノイドは、統計に載るほどの台数にはまだなっていない。位置づけとしては、基盤モデルと開発環境が整い、各社が実証機を出している段階である。NVIDIAの発表にはBoston Dynamics、Caterpillar、LG Electronics、NEURA Roboticsなどがパートナーとして名を連ねた。
投資の観点で見るなら、当面の収益はヒューマノイド本体より、その手前の層――半導体、モーター、減速機、センサ、そして導入工事――で先に立つ構図になりやすい。金額として動いているのが既存の産業用ロボットである以上、そこを支える部品と工事の需要のほうが読みやすい。
需要側の背景 ── 働き手が1,100万人足りない
導入が進む理由は単純で、人がいないからである。リクルートワークス研究所の推計では、2040年に約1,100万人の働き手が不足する。生産年齢人口は20年で1,428万人減り、31の道府県で労働需要に対する充足率が75%以下になるとされる。ドライバー職の不足率は24%、医療・介護分野は現在の1.4倍の労働投入が必要になるという試算が示されている。
この文脈でのフィジカルAIは、生産性向上の話というより「人がいない場所をどう埋めるか」の話である。だからこそ、導入先は工場だけでなく物流倉庫、建設現場、施設管理へ広がっていく。
電気設備の観点から見た課題
ロボットを現場に入れる仕事は、実務としては機械より電気の比重が大きい。設計・施工で必ず出てくる論点を整理する。
まとめると、この分野で確実に増えるのは制御盤・動力配線・充電設備・安全回路・無線環境の工事である。ロボットが何台売れるかとは別に、1台入るごとに周辺の電気工事が発生する構造になっている。
産業構造とお金の流れ
上流から順に整理する。挙げる企業名は報道や公開資料で関与が示されている事実の列挙であり、評価や推奨を意味しない。
半導体と基盤モデル。ロボットに載せる演算モジュールと、動作を生成するモデルの層である。NVIDIAがCESで発表したJetson T4000は1,200 FP4 TFLOPS・70W以内、1,000個単価1,999ドルとされ、あわせてヒューマノイド向けの視覚言語行動モデルやシミュレーション用の世界モデルが公開された。この層は海外勢が中心である。
部品。モーター、精密減速機、エンコーダ、力覚センサといった構成部品は、日本メーカーの存在感が大きい領域として知られる。本体が誰の名前で売れるかにかかわらず、台数が増えれば需要が発生する位置にある。
ロボット本体。ファナック、安川電機、川崎重工業などが挙げられる。ただしシェアの読み方には注意が要る。日本系企業の売上高ベースでは65.9%という数字が示される一方、国内生産の台数ベースでは46%、直近の推計では38%という値も出ている。前者は単価の高い機種の金額、後者は安価な機種を含む台数を見ているためで、同じ「シェア」でも意味が違う。
導入とシステム構築。ロボットを買っただけでは動かない。架台、ハンド、周辺装置、安全柵または安全機器、制御盤、動力配線、通信環境を組み上げるシステムインテグレーターと電気工事の仕事がここに入る。国内出荷額が減っていても、1台あたりの周辺工事は減らない。むしろ協働運転や自律走行を採るほど、安全評価と電気設備の検討量は増える。
需要側。工場に加えて、物流倉庫、建設現場、施設管理が導入先として広がっている。人手不足が導入の動機である以上、景気よりも人口動態に連動しやすい需要だという見方もできる。
関連する制度・政策
- 昭和58年労働省告示第51号── 定格出力80W以下の駆動用原動機を持つ機械を産業用ロボットの定義から除外。判定は各関節のうち最大の出力で行う。
- 労働安全衛生規則 第150条の4── 危険のおそれがあるときは柵または囲いを設ける等の措置を求める規定。
- 基発1224第2号(2013年)── リスクアセスメントにより危険のおそれがなくなったと評価できる場合、柵の設置義務の対象外とする通達。ISO 10218-1・2に準拠した設計も代替として位置づけられた。
- 労働安全衛生規則 第36条第31号── 産業用ロボットの教示・検査等に関する特別教育の規定。
フィジカルAIという言葉は新しいが、それを現場に置くときの手続きは、40年前からの安全法令の上に立っている。技術ニュースを追うのと同じくらい、通達と規格の改定を見ておく必要がある領域である。
関連する動きを追うには
- 日本ロボット工業会の受注・生産・出荷統計 ── 四半期ごとに国内外の需要が分かる
- 国際ロボット連盟「World Robotics」 ── 国別の導入台数と稼働台数
- 厚生労働省の通達と労働安全衛生規則 ── 安全柵と特別教育の要件
本記事は公開情報にもとづく技術・産業動向の解説であり、特定の金融商品の売買や投資判断を勧めるものではありません。記載した企業名は報道・公開資料で関与が示された事実の列挙です。投資に関する判断は、ご自身の責任において行ってください。
出典
- 日本ロボット工業会「マニピュレータ、ロボット統計 受注・生産・出荷実績 2025年」
- International Federation of Robotics「World Robotics 2025 report – Industrial Robots」
- NVIDIA「新しいフィジカルAIモデル群をリリース、グローバルパートナーが次世代ロボットを発表」(2026年1月)
- リクルートワークス研究所「『働き手不足1100万人』の衝撃」
- ロボスタ「日本の産業用ロボット『世界シェア』は何%? 65.9%、46%、38%と異なる数字の理由と注意点」
- 厚生労働省「産業用ロボットの安全に関するパンフレット」
- オートメーション新聞「IFR ワールドロボティクス2025 世界の産業用ロボット導入台数54万2000台」
- ロボットダイジェスト「受注額が1兆円超に、今年は1兆2200億円の見通し/日本ロボット工業会 2025年統計」



