【弱電設備の設計マニュアル⑤】放送・IP ― 音と呼び出しの設計
こんにちは、HARITAの設計室です。連載「弱電設備の設計マニュアル」第5回は放送・IP。第4回では電波を各戸に届けました。今回は音を建物の中に届けます。
放送設備には、他の弱電設備にない特徴があります。半分は法律で決まっていて、半分は何も決まっていない。この二重構造を最初に理解しておくと、設計が驚くほど楽になります。今回の合言葉は「放送は“区域”で決まる」。
今回の全体像 ― 放送設備は「二階建て」
放送設備は、非常放送と業務放送の二階建てです。
非常放送は消防法の設備です。スピーカーの級も、配る間隔も、鳴らす範囲も、配線の種類も、非常電源の容量も、すべて条文に書いてあります。設計者が決められる余地はほとんどありません。逆に言えば、条文どおりに配れば正解にたどり着けます。
業務放送はその反対です。どこを1つのゾーンにするか、チャイムを鳴らすか、BGMを流すか。法令には一行も書いていません。建物の使い方を聞き出さないと決まらない領域です。
そして実務では、この2つを1台のシステムにまとめた兼用形が標準になっています。国土交通省の建築設備設計基準も、非常放送を設ける場合は非常放送と一般放送の兼用形とする、としています。つまり「非常放送の器に、業務放送を載せる」のが基本形です。
① 放送区域 ― スピーカーの級と数はここで決まる
非常放送の設計は、放送区域を拾うところから始まります。放送区域とは、2つ以上の階にまたがらず、床・壁・戸で区画された部分のこと。ここで注意が必要なのは、防火区画とはまったく別の概念だということです。遮音性のある間仕切りで仕切られていれば、それが可動間仕切りであっても1つの放送区域として数えます。
区域が拾えたら、面積で級が決まります。100㎡を超えればL級、50㎡超100㎡以下ならL級かM級、50㎡以下ならS級でも可。音圧はL級が92dB以上、M級が87dB以上92dB未満、S級が84dB以上87dB未満で、いずれもスピーカーから1m離れた位置での値です。上位の級はいつでも使えるので、迷ったらL級で統一するという割り切り方もあります。
配る間隔は各部分から1つのスピーカーまで水平距離10m以下。ただし階段と傾斜路だけは考え方が変わり、面積ではなく垂直距離15mごとにL級を1個で数えます。
小部屋まで律儀に付ける必要はありません。隣接する放送区域のスピーカーまで水平距離8m以下であれば、居室と主たる通路は6㎡以下、その他の部分は30㎡以下という条件で省略できます。トイレや小さな倉庫が該当します。ただし省略した区域の面積は、受け持つスピーカーの級を判定するときに合算する点に注意してください。
なお、級と距離で決める方法のほかに、床上1mで75dB以上を計算で確認する性能規定の方法もあります。天井が高いホールや、残響の長い空間ではこちらを使います。
② 区分鳴動 ― 「5階以上かつ3,000㎡超」は放送設備のルールではない
ここが今回いちばん誤解されやすいところです。
火災時に建物全体を一斉に鳴らすか、出火階の周辺だけを鳴らすか。後者を区分鳴動といいます。区分鳴動が必要になる条件として「地階を除く階数5以上かつ延べ面積3,000㎡超」という数字が広く知られていますが、これは非常ベル・自動式サイレンと、自動火災報知設備の地区音響装置のルールです。
放送設備の区分鳴動には、条文に規模の要件がありません。規模の大小にかかわらず区分鳴動の規定が適用される建て付けになっています。「うちは4階建てだから一斉でいい」と早合点すると、消防協議で戻されます。
鳴らす範囲は次のとおりです。2階以上で出火したら、出火階とその直上階。1階で出火したら、出火階と直上階、そして地階すべて。地階で出火したら、出火階と直上階、そして他の地階すべて。条文上、直下階は鳴動範囲に入っていません。上へ逃げる人と、地下から出てくる人を優先する考え方です。
そして一定の時間が経過するか、新たな火災信号を受信すれば、自動的に全区域へ切り替わります。この「一定の時間」に全国共通の数値はなく、運用は各消防本部によります。5分以内としている自治体もあれば、原則として全館一斉鳴動とする自治体もあります。着工前に所轄と確認しておくべき項目です。
音声警報にも決まりがあります。感知器が発報した段階の放送は女声、火災と確定してからの放送は男声。声色が変わることで事態の変化に気づかせる、という設計思想です。
③ ハイインピーダンスとアンプ ― 系統の切り方が設計そのもの
建物の放送はハイインピーダンス方式が基本です。アンプ側で100Vまで昇圧して送り、スピーカーごとのトランスで受けます。オーディオのローインピーダンス接続とは考え方がまったく違います。
理由は伝送ロスです。ケーブルの抵抗が8Ωあるとき、8Ωのスピーカーを直接つなぐと電力の半分がケーブルで消えてしまいます。ハイインピーダンスで1kΩまで上げれば、ロスは1%を切ります。館内に何百mも配線を延ばす建物設備でハイインピーダンスが選ばれるのは、このためです。公共建築工事標準仕様書も、スピーカーラインはハイインピーダンス系とすると明記しています。
スピーカーの入力電力はトランスのタップで決めます。100Vラインなら10kΩが1W、1kΩが10W。同じスピーカーでも、タップを変えれば音量が変わります。
アンプの容量は、つなぐスピーカーの合計W数に1.2倍程度の余裕を見て決めるのが一般的です。トランスの一次側インピーダンスにばらつきがあること、後からタップを上げたりスピーカーを足したりすることを織り込むためです。「1.5倍」という数字もよく聞きますが、規格や公的基準にその根拠は見当たりません。機種のラインアップから直近上位を選んだ結果そのくらいになる、と理解しておくのが正確です。
業務放送の音量は、暗騒音にどれだけ上乗せするかで考えます。BGMなら暗騒音+3dB、アナウンスなら+6dBが目安。暗騒音はレストランで60〜65dB、百貨店で65〜70dB程度です。ここを外すと「BGMがうるさい」「呼び出しが聞こえない」という竣工後のクレームに直結します。
④ 耐熱配線と非常電源 ― 非常放送であるがゆえの制約
非常放送は、火が回っても最後まで鳴り続けなければいけない設備です。だから配線に条件が付きます。
非常電源から増幅器までの電源回路は耐火配線。スピーカー回路・操作回路・表示灯回路は耐熱配線が基本です。耐火は840℃で30分、耐熱は380℃で15分に耐えることが求められます。FPケーブルなら埋設が不要、HPケーブルなら管工事が不要になるので、納まりを考えると専用電線を使うほうが結果的に楽なことが多いです。
もうひとつ、見落としやすいのが音量調整器(アッテネーター)です。条文は「音量調整器を設ける場合は、三線式配線とすること」と書いています。音量を絞っていても、火災放送は定格の音圧で鳴らさなければならないからです。3線目でアッテネーターを飛び越えて、非常時は直接スピーカーへ音を送ります。会議室やホテル客室のように「普段は音を絞りたい」部屋があるなら、この配線が要ることを最初から見込んでおきます。
非常電源は10分間。ここも注意点があって、延べ面積1,000㎡以上の特定防火対象物では蓄電池設備に限られます。自家発電設備は非常放送の非常電源として認められません。第4回の非常照明とは扱いが違うので、混同しないでください。
関連して覚えておくと得なのが、放送設備を規定どおりに設置すれば、自動火災報知設備の地区音響装置と発信機を省略できるという点です。ベルと放送の二重投資を避けられるので、初期段階のコスト比較で効いてきます。
⑤ IP放送はどこまで来たか
ここからが今回の後半、IPの話です。
従来のハイインピーダンス方式では、配線の系統がそのままゾーンになります。同じ線につながったスピーカーは、必ず一緒に鳴る。だからゾーンを変えたければ配線をやり直すしかありません。
IP放送はここが根本的に違います。スピーカーがLANにつながり、ゾーンは設定で決まります。テナントの入れ替わりでエリアの切り方が変わる商業施設や、レイアウト変更の多い工場で採用が進んでいるのは、この一点が効くからです。第3回で引いたLAN配線が、そのまま放送の配線になります。
IPスピーカーはアンプ内蔵で、電源はPoEから取ります。設計で気をつけたいのは帯域ではなく電力のほうです。音声そのものは軽いので回線を圧迫しませんが、給電規格によって出せる音量が変わる製品があります。PoE+(30W)なら15W出力、PoE(15.4W)だと8W出力、といった具合です。「LANだから何でもつながる」ではなく、PoEの電力バジェットとスイッチの配置が設計の勘所になります。あわせて、放送を止められないならHUBの電源をどう守るか、という新しい課題も出てきます。
プロトコルは用途で使い分けます。1対1の呼び出しや双方向通話はSIP、一斉放送やエリア放送はマルチキャスト。インターホンの呼び出しも同じ土俵に乗るので、放送と呼び出しを1つのネットワークで扱えるようになります。
ではIPで非常放送もできるのか。現行の制度では難しい、というのが答えです。 非常放送設備は型式検定ではなく登録認定機関の認定を受けた機器を使うことになっており、スピーカーには耐熱性能が、アンプ〜スピーカー間には耐熱配線が求められます。消防の技術基準にも業界のガイドラインにも、ネットワークを前提とした規定が用意されていません。技術の問題というより、制度が追いついていないという状態です。
そのため実務は「非常放送は従来方式、業務放送はIP」の併用が現実解になっています。大阪・関西万博でも、大屋根リング等にIPスピーカーが約580台入る一方で、防災用のスピーカーは別に設けられました。設計するときは、この2系統を最初から分けて考えるのが安全です。
なお海外では、EN 54-16やUL規格を取得したネットワーク型の非常放送システムがすでに実用化されています。日本の制度がいつ追いつくかは分かりませんが、「いまは使えない」であって「技術的に無理」ではないことは知っておくと、更新提案の幅が広がります。
まとめ
- 放送設備は非常放送(消防法が決める)と業務放送(建物の使い方が決める)の二階建て。実務では兼用形が標準
- 設計は放送区域を拾うところから。放送区域は防火区画とは別で、遮音性のある間仕切りで区切られていれば1区域
- 級は面積で決まる。100㎡超=L級/50超100以下=L・M級/50以下=L・M・S級。音圧は1mでL級92dB以上
- 配る間隔は水平距離10m以下。階段・傾斜路だけは垂直距離15mごとにL級1個
- 区分鳴動の「5階以上かつ3,000㎡超」は放送設備のルールではない。放送設備には規模要件がない
- 鳴動範囲は出火階+直上階。1階なら地階すべて、地階なら他の地階すべてが加わる
- 配線はハイインピーダンス。アンプは合計W数の1.2倍程度を目安に。「1.5倍」に公的な根拠はない
- 電源回路は耐火、スピーカー回路は耐熱。音量調整器を付けるなら3線式
- 非常電源は10分。1,000㎡以上の特定防火対象物は蓄電池限定で、自家発は使えない
- IP放送はゾーンを設定で変えられるのが最大の利点。ただし非常放送には現行制度上使えないので、2系統で考える
よくある質問
Q. 小さな倉庫やトイレにもスピーカーは要りますか。
隣接する放送区域のスピーカーまで水平距離8m以下であれば、その他の部分は30㎡以下、居室と主たる通路は6㎡以下という条件で省略できます。ただし省略した面積は、受け持つスピーカーの級を判定するときに合算します。省略したぶん級が上がることがあるので、拾い忘れに注意してください。
Q. 4階建てなら一斉鳴動でいいですか。
いいえ。その条件は非常ベルと自火報のもので、放送設備の区分鳴動には規模の要件がありません。所轄消防と早めに確認してください。
Q. アンプの余裕は1.2倍と1.5倍のどちらが正しいですか。
メーカー資料で根拠まで示されているのは1.2倍のほうです。1.5倍は、機種のラインアップから直近上位を選んだ結果としてそうなることが多い、という理解が実態に近いと思います。
Q. IPスピーカーで館内放送を全部まかなえますか。
業務放送であれば可能です。ただし非常放送は認定品と耐熱配線が求められるため、現行制度では従来方式が必要になります。実務では2系統の併用が現実解です。
次回予告
第6回・最終回は「図面化と拾い」。ここまで決めてきたことを、系統図と数量にどう落とすか。弱電が「あとで拾える図面」になっているかを点検して締めくくります。
連載のバックナンバー:①全体フローと工事区分/②配管・配線ルート/③LAN・電話/④テレビ共聴
消防法施行令第24条/消防法施行規則第25条の2・第12条/非常警報設備の基準(昭和48年消防庁告示第6号)/放送設備の設置に係る技術上の基準の運用について(平成6年 消防予第22号)/スピーカーの性能に応じた設置ガイドライン(平成11年 消防予第25号)/JEITA TTR-4703A 非常用放送設備に関するガイドライン/国土交通省「建築設備設計基準」令和6年版/「公共建築工事標準仕様書(電気設備工事編)」令和7年版/各メーカー技術資料
※数値は代表値です。実際の設計では最新の法令と所轄消防の指導、使用する製品の仕様をご確認ください。




